AH Japan検索

カスタム検索

2012年10月11日木曜日

フランスの原発は? グローバル・エリートは?


第三次産業革命はすでに始まっている。オイルピークは過ぎた。資源は有限、環境負荷も有限。

■さまようエリート:4
 パリのセーヌ川左岸に原発大国フランスの「奥の院」がある。
 「コール・デ・ミーヌ」。訳すと「鉱業技師団」。ナポレオン時代に鉱山管理を使命として存在感を高め、エネルギー戦略を担ってきた。エリートの中から毎年20人だけが入れる高級官僚集団・研修機関で、一種の結社を形成している。
 「企業に対してはアメとムチを使い分けるよう、メンバーに言い聞かせています」。事務局次長のマリーソランジュ・ティシエさんはほほえんだ。頭の中には関係官僚の経歴がすべて入っていて、官庁や企業に人事を助言するという。
 入って3年間は、企業研修などを通してつながりを強める。メンバーは途中から加わった人や民間も合わせ3千人近く。原発推進当局、規制当局、原子力企業アレバなどのトップの大半を占める。
 アレバのトップを10年務めたアンヌ・ロベルジョンさんは「メンバーでなければ、女性でここまでのキャリアは無理だった」と認める。民間に移り退会したが、定例会合にはいまも出席する。
 原子力は戦後のフランスにとって「国家の独立」と同義語だ。核兵器を持ち、電力の大半を原発でまかなうことでエネルギーでも自立しようとしてきた。その推進力をこのエリートたちが担う。
 「わが国に『原子力ムラ』はない。あるのは原子力国家だ。原子力政策に民主主義はない」。原子力戦略に疑問を持ち、原子力庁を飛び出した技師ベルナール・ラポンシュさんはそう指摘する。
 一方、当事者は控えめを装う。「私たちは権力ではない。人材資源であり、ネットワークにすぎない」。コール・デ・ミーヌ技師団長ジャック・ルピュサール放射線防護原子力安全研究所長はいう。
 もし事故が起きたとき、責任をとるのか。「戦争と似ている。フクシマは安全性のシステムに問題があった。我々はネットワークでうまく対処できる」
 原子力は社会に途方もないエネルギーをもたらすかわりに、はかり知れないリスクを負わせる。それを民意の頭越しに進める国家エリートの強烈な自負。
 だが、春の大統領選では、初めて原発の是非が争点になった。アレバは3・11から株価が下がり、赤字に転落した。人々はエリートのネットワークやシステムをいつまで信じ続けるだろうか。(中村真理)
     ◇
 〈フランスのエリート〉 フランスには革命前後から続く伝統的なエリート養成の教育制度がある。指導者の能力を備えた高級官僚などの養成が目的。学生は大学とは別に、1~2年の準備クラスを経て、理系か文系のグランゼコールと呼ばれる高等教育機関へ進む。
 グランゼコールとしては、主に官僚を養成する国立行政学院(ENA)や人文科学分野で名高い高等師範学校、理工系のエコール・ポリテクニークなどが知られる。
 理系エリートは卒業後、企業や官庁、研究職などへ進むが、一部は成績に応じてグランコールと呼ばれる特殊な技師集団に属する。トップ校のエコール・ポリテクニークを中心に、理系エリートで成績上位20人が入団するのがコール・デ・ミーヌだ。
 〈アレバ〉 世界最大の原子力企業。株式の9割をフランス政府が保有する。2001年に原子炉メーカーのフラマトムと核燃料会社コジェマが合併して設立、ウランの採掘から濃縮、原子炉製造まで一貫して行う。全世界に従業員約4万7千人を抱える。
 〈原子力庁〉 原子力政策を担う主管庁として、1945年にドゴール将軍が設立。国を挙げての原子力開発が始まった。民生部門とともに、核弾頭などにかかわる軍事部門も併せ持つ。職員数は1万5千人超。近年、再生可能エネルギー研究も始まっている。コール・デ・ミーヌの人脈が多く、影響が強いといわれる。
 〈フランス放射線防護原子力安全研究所〉 原発の安全監視機関の一つ。安全対策や事故時の放射線防護などを担う。行政として原子力の安全監視政策を担う原子力安全庁をサポートする専門家組織。
     ◇
■危機読めない経済学
 エリザベス英女王がなにげなく口にした疑問に、英国の経済学者たちは激しく動揺した。
 2008年11月、経済学の名門ロンドン大経済政治学院(LSE)の新築ビル開所式。来賓の女王が尋ねた。
 「どうして、危機が起きることを誰も分からなかったのですか?」
 米証券大手リーマン・ブラザーズ破綻(はたん)から始まった金融危機がどんどん深まっている最中だった。居合わせた経済学者は、十分な返答ができなかったようだ。
 学者やイングランド銀行の実務家、エコノミストらが集められて討論し、結果を手紙で女王に報告した。「金融市場や世界経済がバランスを失っていることについて、多くの警告はありました」。それが危機の予測につながらなかった理由について、こう述べた。「分析は、個々の金融の動きに向けられていました。大きな絵を見失ったことが、ひんぱんにありました」。手紙に署名した一人、LSEのティム・ベズリー教授は言う。「銀行監督をやっている人は、それを一生懸命やった。マクロ経済を見ている人は、それを一生懸命やった。でも、誰も全体を見ていなかった」
 経済と社会で起きていることを説明する道具として、経済学は使われてきた。経済学者は政策の方向を指し示すエリートだ。しかし、世界的な金融危機の予知も防止もできなかった。「経済学者は本当に役に立つのか」。そんな疑問が広がる。
 バブル崩壊以降、経済の低迷が続く日本でも同じだ。経済学者がよってたかって処方箋(しょほうせん)を書くのに、なぜ景気はよくならないのだろう。
 日本総研の主席研究員、藻谷浩介さんはここ数年、経済学者たちと論争を続けてきた。日本経済の停滞を働く世代の減少から説明しようとして、とくに金融緩和で低迷を抜け出せると主張する一部の学者から批判を浴びた。
 「予測がはずれたら、理論モデルの前提を修正するのが学者のはず。でもモデルにこだわって現実から目を背ける人も多い。事実に仕えず、学派の論理に従っている。売れないラーメンを作っているだけでは、役に立たない」
 強い調子の議論も目立つようになった。「日銀がお札を刷ればすべて解決する」「円高こそ諸悪の根源だ」……。
 みずほ証券の上野泰也チーフマーケットエコノミストは「経済は下り坂なので、従来の政策が通じにくくなり、極論にとびつきやすい状況になっている」と見る。「いろいろなものがグローバルにつながり、市場の影響力が飛躍的に強まった。世の中が読みにくくなったのでしょう」
 一橋大の斉藤誠教授(マクロ経済学)は数年前まで、メディアに提言を発信し、政府の審議会に加わる「売れっ子経済学者」だった。だが最近、ほとんどから手を引いた。
 「経済学には期待と需要が高すぎて、必要とされているとうぬぼれるところがある。私もそうだった」
 いまは研究のかたわら、高校生や一般の人への「出前授業」をしている。「脳みそのどこかに知識を入れておくと、問題を解決するとき、その引き出しを探せば知恵が浮かぶ。人生がちょっとだけ楽しくなる。経済学は、そういう学問だと思う」(有田哲文、橋田正城)
     ◇
 〈ロンドン大経済政治学院〉1895年に設立された社会科学の研究・教育機関で、とくに経済学が有名。ロンドン中心部にキャンパスがある。歴史的に英労働党と関係が深い。フリードリヒ・ハイエク氏やアマーティア・セン氏など多くのノーベル経済学賞受賞者を輩出している。
     ◇
■グローバル時代 居場所どこに
 金融危機や原発事故で、人々はエリートや専門家に失望した。だが、グローバル人材という名で、またエリートに期待しようとする声も強まっている。社会は、彼や彼女らに何を期待しているのか。
 堪能な語学を武器に、国際社会の中で母国やその企業、文化の存在感を高めてほしいのだろうか。
 しかし、たとえばドイツ銀行の最高経営責任者に選ばれたインド人エリートに期待されているのはインドの金融機関の業績向上ではない。ベネズエラ出身の若く優秀なコントラバス奏者が腕前を発揮するのはドイツの名門ベルリン・フィルで、だ。
 彼らは母国から解き放たれて自由に羽ばたいているように見える。
 では、グローバルな舞台で何かを生み出す人材を、今の時代は手放しで歓迎しているだろうか。
 複雑で精緻(せいち)な統治機構、欧州連合(EU)を動かす官僚たちは母国を背負ってはいない。欧州全体のために働くのが使命だ。しかし、人々は糸の切れたたこのようにみなし、ただの特権階級ではないかと不信のまなざしを向ける。新しい時代のエリートが働くのは、国のためか、それを超えた社会のためか。
 EUだけの問題ではない。経済や環境、犯罪など重要な問題は国境と無関係に広がり続けている。グローバルな視点から解決に取り組める人材が必要なのは明らかだ。
 そんなとき、「国家の独立」を使命と考えるフランスの原子力エリートのようなやり方が、いつまでも通用するとは考えにくい。とはいえ、国連平和維持活動などで外国に派遣された各国エリートたちにとってさえ、国旗を背負った発想から逃れるのは容易ではない。
 新時代のエリートたちの使命や資質について大きく混乱したまま、グローバル人材へのあいまいな期待ばかりがふくらみ続ける。
 エリートたちも不安にかられる。経済発展するインドのビジネスエリートが、精神的な指導者グルに傾斜するのはその表れだろう。一方で、世界中の貧しい若者のために教材を作り、ネットで公開するITエリートは、社会との新しいつながり方を見つけたのかもしれない。
 グローバル時代、エリートの居場所はまだまだ定まりそうにない。(大野博人)
     ◇
 今回の連載は、有田哲文、伊東和貴、大野博人、金井和之、工藤隆治、高久潤、中村真理、橋田正城が担当しました。

http://digital.asahi.com/articles/TKY201210100845.html?ref=comkiji_txt_end_s_kjid_TKY201210100845

0 件のコメント:

コメントを投稿