「海外移転=空洞化」と考えるのは誤りだ
東洋経済オンライン 9月22日(木)10時37分配信
日本ではほとんど毎日のように、どこかの企業が生産の海外移転を発表している。その結果、「将来日本には、空洞化した製造業と破綻に瀕した中小規模のサプライヤーしか残らないのではないか」という懸念が高まっている。
日本において、外国への直接投資を先導しているのは、国内の不利な条件を回避する必要に迫られたトップ企業である。
たとえばトヨタ自動車は、自動車の80%を海外で販売しているが、生産は国内と国外が半々なので、海外需要の4割は日本からの輸出で賄っていることになる。同社の豊田章男社長は、今の円高水準では「理屈上は(国内での)ものづくりは成り立たない」と述べている。これから数年は、現地生産がますます増え、輸出は減るだろう。トヨタは300万台の国内生産は維持しようとするだろうが、2008年の400万台からは減少するはずだ。
海外移転が進む要因は、円高だけではない。東日本大震災をきっかけに、多くの企業が、電力供給と電気料金を不安視するようになった。日本の優良企業の取引先の多くが、「ジャスト・イン・タイム」よりも「ジャスト・イン・ケース」(万が一の場合)を重視するようになったのだ。ルネサスエレクトロニクス、HOYA、三井金属などの企業に対し、取引先は、生産の一部を日本以外の国に移転させることで地理的なリスクを分散させるべきだ、と主張してきた。
また日本の輸出企業の一部は、日本と異なり、米国、EU、中国と自由貿易協定(FTA)を締結している国々へと生産を移転しなければならない、と考えている。ジェトロの調査によると、ASEAN(東南アジア諸国連合)諸国を起点に輸出している日本企業のうちの40%は、「FTAの利点を生かすこと」を、ASEANを起点とする理由の一つに挙げている。
生産の一部を海外生産に移行している製造業者を見た場合、海外生産比率は、1990年の17%から97年には31%へと上昇している。その後は30~33%あたりで推移してきたが、今後この比率は大幅に上昇するだろう。
■海外への投資は国内にも好影響
しかし、米国の例を見ればわかるように、生産の海外移転は必ずしも空洞化を招くわけではない。逆に、前向きなグローバル化が国内の経済成長を後押しする可能性もある。企業の海外での成長と国内での成長との間にプラスの相乗作用を生み出すこともできるのだ。
たとえば米国では、異論はあるものの、海外直接投資が国内投資、研究開発、雇用にプラスの影響を与えたことが証明されている。企業は、国内からの輸出だけに頼っていた場合よりも、海外市場でのシェアを拡大できたからだ。
また、海外直接投資は、コストの低下と競争力アップにも貢献する。米経済研究所が米国のメーカー数百社を対象に行った05年の調査では、80年代から90年代にかけて、「海外への資本投資が10%増えると国内投資が2.2%増え、海外の従業員に支払う給料が10%増えると国内の従業員に支払う給料が4.0%増え、海外への投資が増えると国内からの輸出と研究開発費が増えた」ことが明らかになっている。
今日まで、日本の海外直接投資は自動車、機械、電機など一部の産業におけるトップ企業か、繊維やアパレルなどの斜陽産業に限られている。HSBCの試算によると、日本からの海外直接投資の累積額は、09年時点で名目GDPの約15%にすぎない。この率は、米国の29%、英国の78%、ドイツの40%と比べて極めて低い。
加えて、欧米諸国では外国への直接投資と外国から受け入れる直接投資とがバランスを保っているのに対し、日本では、外国からの直接投資が非常に少ない。その理由の一つは、日産自動車のようなケースを除けば、外国企業による日本企業の買収が極めて難しいという点にある。
ただし、今日の海外直接投資の増加は、単なる「空洞化」以上の効果をもたらす可能性を示している。これまで国内市場に依存してきた企業の売り上げが拡大する傾向が見えてきたのだ。
資生堂を見てみると、海外での売り上げが占める比率は、10年前の10%から現在は40%へと急上昇しており、13年の目標を50%に設定している。マッキンゼーが発行した『Re-imagining Japan』(邦訳『日本の未来について話そう』)の中で、資生堂の前田新造会長は、日本企業は多様性に乏しく、現在の思考パターンを変える努力は、会社のトップから始めるべきだと訴えている。事実、資生堂は、経験豊富な外国人、カーステン・フィッシャー氏を国際事業担当の役員として迎えた。
外国や外国人とのかかわりがもたらすものには、アイデアも含まれる。P&Gでは、イノベーションの50%以上は外国人との協働から生まれているという。資生堂は、10年に17億ドルをかけて化粧品大手のベアエッセンシャルを買収し、世界4位の化粧品会社となった。資生堂に限らず、多くの企業がこのように遅まきながらも変貌を遂げつつある。
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Richard Katz
The Oriental Economist Report 編集長。ニューヨーク・タイムズ、フィナンシャル・タイムズ等にも寄稿する知日派ジャーナリスト。経済学修士(ニューヨーク大学)。当コラムへのご意見は英語でrbkatz@orientaleconomist.comまで。
日本において、外国への直接投資を先導しているのは、国内の不利な条件を回避する必要に迫られたトップ企業である。
たとえばトヨタ自動車は、自動車の80%を海外で販売しているが、生産は国内と国外が半々なので、海外需要の4割は日本からの輸出で賄っていることになる。同社の豊田章男社長は、今の円高水準では「理屈上は(国内での)ものづくりは成り立たない」と述べている。これから数年は、現地生産がますます増え、輸出は減るだろう。トヨタは300万台の国内生産は維持しようとするだろうが、2008年の400万台からは減少するはずだ。
海外移転が進む要因は、円高だけではない。東日本大震災をきっかけに、多くの企業が、電力供給と電気料金を不安視するようになった。日本の優良企業の取引先の多くが、「ジャスト・イン・タイム」よりも「ジャスト・イン・ケース」(万が一の場合)を重視するようになったのだ。ルネサスエレクトロニクス、HOYA、三井金属などの企業に対し、取引先は、生産の一部を日本以外の国に移転させることで地理的なリスクを分散させるべきだ、と主張してきた。
また日本の輸出企業の一部は、日本と異なり、米国、EU、中国と自由貿易協定(FTA)を締結している国々へと生産を移転しなければならない、と考えている。ジェトロの調査によると、ASEAN(東南アジア諸国連合)諸国を起点に輸出している日本企業のうちの40%は、「FTAの利点を生かすこと」を、ASEANを起点とする理由の一つに挙げている。
生産の一部を海外生産に移行している製造業者を見た場合、海外生産比率は、1990年の17%から97年には31%へと上昇している。その後は30~33%あたりで推移してきたが、今後この比率は大幅に上昇するだろう。
■海外への投資は国内にも好影響
しかし、米国の例を見ればわかるように、生産の海外移転は必ずしも空洞化を招くわけではない。逆に、前向きなグローバル化が国内の経済成長を後押しする可能性もある。企業の海外での成長と国内での成長との間にプラスの相乗作用を生み出すこともできるのだ。
たとえば米国では、異論はあるものの、海外直接投資が国内投資、研究開発、雇用にプラスの影響を与えたことが証明されている。企業は、国内からの輸出だけに頼っていた場合よりも、海外市場でのシェアを拡大できたからだ。
また、海外直接投資は、コストの低下と競争力アップにも貢献する。米経済研究所が米国のメーカー数百社を対象に行った05年の調査では、80年代から90年代にかけて、「海外への資本投資が10%増えると国内投資が2.2%増え、海外の従業員に支払う給料が10%増えると国内の従業員に支払う給料が4.0%増え、海外への投資が増えると国内からの輸出と研究開発費が増えた」ことが明らかになっている。
今日まで、日本の海外直接投資は自動車、機械、電機など一部の産業におけるトップ企業か、繊維やアパレルなどの斜陽産業に限られている。HSBCの試算によると、日本からの海外直接投資の累積額は、09年時点で名目GDPの約15%にすぎない。この率は、米国の29%、英国の78%、ドイツの40%と比べて極めて低い。
加えて、欧米諸国では外国への直接投資と外国から受け入れる直接投資とがバランスを保っているのに対し、日本では、外国からの直接投資が非常に少ない。その理由の一つは、日産自動車のようなケースを除けば、外国企業による日本企業の買収が極めて難しいという点にある。
ただし、今日の海外直接投資の増加は、単なる「空洞化」以上の効果をもたらす可能性を示している。これまで国内市場に依存してきた企業の売り上げが拡大する傾向が見えてきたのだ。
資生堂を見てみると、海外での売り上げが占める比率は、10年前の10%から現在は40%へと急上昇しており、13年の目標を50%に設定している。マッキンゼーが発行した『Re-imagining Japan』(邦訳『日本の未来について話そう』)の中で、資生堂の前田新造会長は、日本企業は多様性に乏しく、現在の思考パターンを変える努力は、会社のトップから始めるべきだと訴えている。事実、資生堂は、経験豊富な外国人、カーステン・フィッシャー氏を国際事業担当の役員として迎えた。
外国や外国人とのかかわりがもたらすものには、アイデアも含まれる。P&Gでは、イノベーションの50%以上は外国人との協働から生まれているという。資生堂は、10年に17億ドルをかけて化粧品大手のベアエッセンシャルを買収し、世界4位の化粧品会社となった。資生堂に限らず、多くの企業がこのように遅まきながらも変貌を遂げつつある。
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Richard Katz
The Oriental Economist Report 編集長。ニューヨーク・タイムズ、フィナンシャル・タイムズ等にも寄稿する知日派ジャーナリスト。経済学修士(ニューヨーク大学)。当コラムへのご意見は英語でrbkatz@orientaleconomist.comまで。
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