イルカの本より
釣り糸が絡まったイルカはピグレットが初めてではなかった。たくさんの人が桟橋で魚釣りをしていて、釣り糸がたくさん浮いている。子はとくに無防備で、好奇心が旺盛で、何にでも興味を持ち、危険もあまり知らない。それでも、シャーク湾のイルカは幸運な方だった。ナイロン製の釣り糸や、魚網や、釣り針でイルカが被る被害は、他の場所と比べればかなり少なかった。
この問題は大きいので、統計情報の分析は大変だった。毎年、毎日、毎分、漁業の影響で何頭のイルカが死んでいるかの情報が、漁業関係から一部公開されている。マグロと行動を共にするイルカも包囲して、マグロ漁をする。二、三年前になって初めて、新たな規制と技術が導入されて、イルカの致死率が下がった。IATTC(全米熱帯マグロ類委員会)は、毎年殺されるイルカの数は十万を超えていると見積もった。現在でさえ、マグロ漁によって殺されるイルカは、年間で三千から五千頭と見積もられている。ツナ・サンドを提供するために、ニッキー、パック、ホーリフィン、サプライズ、スクウェア、スクウェアレット、スナッブノーズ、ビビ、シックルフィンなどのように、賢いイルカが数千頭殺されている。
マグロ漁は脅威のひとつでしかなく、漁船は、全世界で年間二千七百万トンの獲物ではない海洋生物を、引き揚げて投棄しているようだ。「混獲」にはイルカや海洋性の哺乳類も含まれていて、全捕獲高の約四分の一になる。イルカは短繊維のプラスティック製の頑丈な魚網で、トラブルに巻き込まれる。海や川に関わらず、イルカは混獲されているし、イルカにとっての危険は人だけではない。イルカを食用として捕獲する地域もあり、チリ沖では最近まで、イルカをカニのエサとして使っていた。エサの魚類が乱獲されたことが原因で、イルカの生息数が減っている。中でも、川イルカは大きな危機に瀕している。世界中の大河の多くで水力発電が行なわれている。そのために、イルカは河を通り抜けられない。中国の揚子江(長江)もこれに該当する。ダムや、たくさん往来する舟や、漁業や、汚染が原因で、揚子江に生息するバイジ・イルカ(ヨウスコウカワイルカ)の生息数が減っている。現時点で生き残っているヨウスコウカワイルカは百頭以下だと言われている(二〇〇七年時点で千二百頭ほど確認されているらしい)。ヨウスコウカワイルカの未来は実に厳しい。
汚染は気づかないうちに進むことが多い。世界中のイルカにとって、最大の脅威は汚染だ。イルカは食物連鎖の最上位に位置していて、生物濃縮された汚染物質を摂取する。小さな生き物、つまり、小さな魚が汚染物質(DDTやPCBなど)を食べて、組織に蓄積する。大きな魚は汚染された小さな魚を食べる。結果として、小さな魚が蓄えた汚染物質を体内に取り込む。そして、さらに大きな魚がその大きな魚を食べる。こうして汚染物質が蓄積される。汚染物資を蓄積した魚をたくさん食べれば、人にとっても危険だ。
イルカなどの海洋性哺乳類の組織が、有機塩素化合物で高レベル汚染されていることが分かった。この汚染物質は内分泌システムや、免疫システムを害して認知発達障害を引き起こす。さらに悪いことに、汚染は授乳により、世代から世代へと伝わる。有機塩素化合物は脂肪に溶けるので、母が体脂肪を代謝して乳を造ると、この汚染物質が乳に混入する。そのために、赤ん坊は成長して自分でエサを捕る以前に、つまり、生まれてからすぐに、汚染物質の影響を受ける。その結果、汚染物質は世代から世代へと、幾何級数的に蓄積される。オゾンの減少や、二酸化炭素の排出や、森林の減少などが原因で起こる気候変動は、イルカなどの海洋性の哺乳類にとっても脅威だ。くわえて、気候変動がどのような影響を及ぼすかを、正確に予測するのは難しい。だが、イルカを含むすべてのエコシステムは、確実に、気温の上昇、塩分の濃度の低下、海面の上昇などの影響を受けている。
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