AH Japan検索

カスタム検索

2013年10月10日木曜日

新見南吉

新見南吉の『牛を繋いだ椿の木』と同じ会話があった。面白かった。

小学校の国語の教科書で、一番面白かった。

渋谷の寿司屋で。中国人の金持ち風の女二人の客。

「赤エビとクルマエビのどっちがおいしいか?」と尋ねた。

寿司職人は「どっちもおいしいです」と答えた。

僕は笑った。

It's difficult to answer. It depends on You!


新美南吉(にいみ なんきち、1913年7月30日 - 1943年3月22日)は、日本の児童文学作家。本名は新美正八(旧姓:渡辺)。愛知県半田市出身。雑誌『赤い鳥』出身の作家の一人であり、彼の代表作『ごん狐』(1932年)はこの雑誌に掲載されたのが初出。結核により29歳の若さで亡くなったため、作品数は多くない。童話の他に童謡、詩、短歌、俳句や戯曲も残した。彼の生前から発表の機会を多く提供していた友人の巽聖歌は、南吉の死後もその作品を広める努力をした。

出身地の半田には、新美南吉記念館のほか、彼の実家や作品ゆかりの場所を巡るウォーキングコースも作られている。半田市は生誕100周年にあたる2013年に新美南吉生誕100年記念事業[1]を各種行った。


違うな~

日本にっぽんとロシヤが、海うみの向むこうでたたかいをはじめていました。海蔵かいぞうさんは海うみをわたって、そのたたかいの中なかにはいって行いくのでありました。

       七

 ついに海蔵かいぞうさんは、帰かえって来きませんでした。勇いさましく日露戦争にちろせんそうの花はなと散ちったのです。しかし、海蔵かいぞうさんのしのこした仕事しごとは、いまでも生いきています。椿つばきの木こかげに清水しみずはいまもこんこんと湧わき、道みちにつかれた人々ひとびとは、のどをうるおして元気げんきをとりもどし、また道みちをすすんで行いくのであります。



これだな。

S31生まれ。小学校高学年の題材だったとぼんやり覚えていますが、こんな内容でした。
筆者が出張か何かで地方の駅前の食堂に入ったところ、女の子が手伝いをしていた。
親子丼と木の葉丼(だったかな?)のどちらにしようか迷っていたところ、
彼女は「おいしいよ、みんなおいしいよ。」と言った。日常的で良くありそうなことですが
ほのぼのとした情景とみんな一生懸命生きていた時代が重なります。
題名と著者をどなたかご存じないですか?

0 件のコメント:

コメントを投稿